デス・オーバチュア
第111話「クリア特産! 人形の宴」




「お帰りなさいませ、お嬢様」
「おかえりなさい、タナトス様〜」
「Welcome home!」
「おかえり〜」
タナトス達が屋敷に帰ってくると、人形が一人『増えて』いた。
「アンベル……その子は?」
「初めまして! ボクの名前はアズライン(紺碧)、海兵型……水中(アクア)型の機械人形だよ!」
紺碧の髪と瞳をした幼い少女が可愛らしく名乗る。
年の頃は人間で言うなら九歳ぐらいだろうか、ミーティアやランチェスタといった、タナトスが最近出会った誰よりも幼く見えた。
紺碧の髪はボブカット、襟首ぐらいの長さで切り揃えられているが、もみ上げだけが異様に長く、魚のヒレのようにヒラヒラとしている。
「熱帯魚?」
クロスは、以前本で読んだ南方大陸……熱帯・亜熱帯地方に生息するという魚類を思い出した。
「うん、紺碧の天使魚(エンゼルフィッシュ)と呼んでね」
アズラインは子供らしい無邪気な笑顔を浮かべる。
「……んで、最近セーラー服が流行ってるのかしら?」
アズラインが着ているのは、ルーファスの庵で出会った美人の着ていた物によく似ていた。
美人の黒い地味な制服と違って、色が青系の色だけで構成さている上に、もう少し洒落たデザインをしていたが。
「セ〜ラ〜服ぅ? あんな女子供の制服と一緒にしないでよね! ボクのは水兵服だよ! 誇り高き海の戦士の正装なんだよ!」
アズラインは小馬鹿にするように鼻で笑ったかと思うと、初めて見せる真剣な表情で力説した。
「まあ、平たく言えば軍服よね……あれ、でもブルーの海軍の軍服とは少し違うわよね?」
「当たり前だよ。ボクが完成したのはあの国が完成……国として組織としてまとまるより前だもん」
「ああ、要するに千年前のデザインなわけね……」
クロスは納得したような表情を浮かべる。
「で、紺碧の天使魚アズライン? あなたもここに居座るつもりなの?」
「勿論だよ! だってさ、ボク以外の全員が外で遊んでいるのに、ボクだけブルーの海底深くで、価値の無くなった結界システムと水晶柱の管理なんてやってらんないよ」
アズラインは胸元から青い水晶柱を取り出した。
「そうね、その気持ちは解るわよ。あたしだってフローラが好き勝手に外で遊んでいる時に、部屋に軟禁されたらやってられないわよ」
「どういう例えですの、クロスお姉様……」
共感したようにうんうんと頷くクロスに、フローラは冷たい眼差しを向ける。
「…………」
タナトスは黙っていた。
口下手な自分より、クロスに任せた方が話が早くまとまるだろうという判断からである。
自分は、クロスが横道に話を進めだした時に突っ込みを入れるぐらいが丁度良いのだ。
「でも、それはあなたが外に出てきた理由、正当性でしょう? ここに住む理由には……」
「ええっ!? 愛し合う姉妹を引き裂くつもりなの!? それあんまりだよ、銀髪のお姉ちゃん……」
「うっ……そうくる?」
「そんな酷いよ……結界システムが有名無実化した今、ようやく姉妹みんなで仲良く一緒に暮らせるかと思ったのに……」
アズラインはクロスの目の前で泣き崩れる。
「いや、でも、メイドも三人もいれば間に合っているというか、実はファーシュ以外役に立ってないというか、無駄飯ぐらいというか……」
「うわ、酷いです、クロス様。役立たずはバーデュアちゃんだけですよ。わたしは炊事洗濯から狩りまでなんでもござれの完璧侍女ですよ〜、その上、夜のご奉仕も大老練者(ベテラン)なんですよ〜!」
「いや、だから狩りも夜のご奉仕もいらないわよ! 寧ろ害悪! 危険物! 姉様の貞操を脅かすこの悪魔!」
「HAHAHAHA! 素敵に話がズレてきてるネ!」
キング・オブ・役立たずであるバーデュアが突っ込みを入れた。
「あっ、ボク、少なくともバーデュアお姉ちゃんよりは遙かに役に立つよ! 海上、海中、水のある所ならまさに最強無敵!」
「やはり、嘘泣きだったのか……」
タナトスにはなんとなくそんな気がしていたのである。
つまり、騙されやすい人間であるタナトスでも解るほど、アズラインの泣き真似は態とらしかったのだ。
「う、勿論解っていたわよ、演技だって……」
「その割には動揺しているように見えたですの。まったく、姉妹愛には弱いというか……自分の願望ゆえに共感しやすいというか……困ったものですの」
「う、うるさわね! 心配しなくても、姉様と違って、あなたは愛してないわよ!」
「それは助かるですの〜安心ですの〜」
「うくっ……なんて可愛くない妹……」
実物の妹がこんな感じだから、『可愛くて素直で従順な妹』などという幻想を持ってしまうのである。
『一見可愛いけど、意地と質の悪い生意気な妹』などいらないのだ。
「お姉ちゃん達、ホント見てて面白いね。決めた、やっぱりボクどうしてもここに住むからね」
決めた決めたとばかりに、アズラインは勝手に、自分の家のように堂々と屋敷の奥へと歩き出した。
「ち、ちょっと、あなた、勝手に……」
「あ、そうだ。プールか、おっきなお風呂無いの? あったらそこをボクの部屋代わりに使いたいんだけど」
「あほかっ! なんでお風呂をあなたの部屋として提供しなきゃいけないのよ!?」
「ええっ? お金持ちなんでしょう? お風呂ぐらい何個もあるんじゃないの? もしかして、プールもないのこのお屋敷?」
「……そもそも、『プール』とはなんだ……?」
「真水でいっぱいにした人工の池みたいなものですよ、タナトス様。浸かって涼んだり、泳いで遊んだりする娯楽施設ですね」
「そうか……そういう物があるのか……」
「千年前だってあんまり見かけませんでしたけどね。だって、まったくの無駄、まさに道楽以外に使い道がない物ですから……そんなに泳ぎたかったら、海で死ぬまで泳いでればいいんですよ、アズラインちゃんは〜♪」
アンベルはなぜか口元に笑みを浮かべながら言う。
「うわ、相変わらずきついな、アンベルお姉ちゃんは……そんなにボクが嫌い?」
「いいえ、そんなこと無いですよ。お姉ちゃんは小生意気なアズラインちゃんも、お馬鹿さんなバーデュアちゃんも大好きですよ〜」
アンベルはあははっと笑いながらそう答えた。
タナトスにはアンベルの真意が……この姉妹の関係がいまいち理解できない。
「えへへっ、ホント嫌な人だよね、お姉ちゃんは〜」
「あははっ、アズラインちゃんには負けますよ、お姉ちゃんは良い人ですから〜」
アンベルとアズラインは楽しげに笑い合った。
もっとも、アズラインの目だけは笑っていないし、フードで隠されたアンベルの目もきっと笑っていない気がする。
「ちょっと、姉妹喧嘩……冷戦?は後にしてよ! アズライン、あなたを置くとはま……」
「心配いらないよ、銀髪のお姉ちゃん。ボク、基本的にエネルギー補給は水だけで足りるから……とってもエコロジーで低コストだよ」
「そうなの? それは食費が浮いて……て、そうじゃなくて!」
「水を電気分解する際に発生するエネルギーがボクの基本動力だからね。核メインで動いている物騒な……人と自然に優しくない……アンベルお姉ちゃんとは違うんだよ」
「あははっ、本当生意気で可愛いんですから、アンベルちゃんは〜」
笑うアンベルの両手には光の弓矢が形作られようとしていた。
「そんなに誉めないでよ、お姉ちゃん〜」
対するアズラインの両手には、小さな体には不似合いな大きくて立派な銛が握られている。
「OH! バトル開始ネ! それならMEも参加するヨ!」
バーデュアの両手のコートの袖口から滑り出るように二丁の拳銃が出現した。
「お下がりください、お嬢様。愚かな姉さん達の巻き添えをくいます!」
ずっと無言でクロスの背後に控えていたファーシュが、クロスを庇うように前へ出る。
その両手の指には、数本のナイフやフォークが挟まれていた。
「へぇ……ボク達まとめて愚か者扱いするんだ、末妹のファーシュちゃん……アンベルお姉ちゃんと同レベル扱いされるの、ボク死ぬほど嫌だな……」
アズラインは鋭い眼差しをアンベルからファーシュに移す。
「例え、姉さん達でもお嬢様に危害を加える恐れがあるのなら……排除します」
「あははっ、駄目ですよ、ファーシュちゃん。戦闘型じゃないのに無理して出しゃばっちゃ……お姉ちゃん、控えめなファーシュちゃんの方が好きですよ」
「HAHAHAHA! ファーシュは一番弱いんだから、大人しく隅でガタガタ震えてお祈りしているがいいネ!」
「姉さん……あまりメイドを舐めないでください!」
ファーシュは両手で持てるだけ持っていたナイフとフォークを一斉にバーデュアに向かって投げつけた。
「HAHAHAHA! 甘いね、このくらいオーバライン姉さんのナイフ投げに比べたらお遊びヨ!」
バーデュアの二丁拳銃から放たれた弾丸がありえない動きでナイフとフォークを次々に叩き落としていく。
普通の拳銃だったら、全てのナイフとフォークを落とすには絶対に弾数が足りなかっただろうが、バーデュアの弾丸は縦横無尽に空を飛び続け、ナイフとフォークを次々に迎撃していった。
「HAHAHAH……はあっ!?」
激突し続ける無数の弾丸とナイフとフォークの影から、ファーシュがいきなり飛び出してくる。
「歯を食いしばりなさい、姉さん!」
ファーシュは、バーデュアがとっさに盾にした拳銃ごと、彼女の頬をモップで思いっきり殴りつけた。
「NOOOOOOOOOOOOOOOOっ!?」
盾になった拳銃は粉々に砕け散り、吹き飛んだバーデュアは壁にめり込むように叩きつけられる。
「あまり私を見くびらないでください。確かに、私には姉さん達のような元から装備されているメイン武装はありません……ですが、私にはルーファス様に戴いたこの『桜』があります」
桜色のモップは不可思議な輝きを放っていた。
「バーデュアちゃんの拳銃が一撃で粉々に……なんて物騒な万能モップ……」
「次はあなたです、アンベル姉さん!」
末妹のメイドはモップを長姉であるハンターに突きつける。
「あははははっ! いいでしょう、ファーシュちゃん! お姉ちゃんが狩人と侍女の格の違いというものを教えてあげましょう!」
アンベルは空高く飛翔した。
「手伝うよ、ファーシュちゃん。一緒に悪の大魔王を倒そう!」
アズラインは、遙か頭上のアンベルに向けて、銛を投擲する体勢をとる。
「あははははははははっ! 雑魚(妹)が何人束になっても、天才(姉)には勝てないということをその身で知りなさい!」
アンベルの両手に膨大な光が集まり、光の矢が眼下の妹達に今にも解き放たれようとしていた。
「親は子に、姉は妹に打倒されるためだけに存在しているんだよ、お姉ちゃん!」
アズラインの銛の先端に、どこからともなく大量の水が集まっていく。
「光に消え……」
「水に還……」
「いい加減にしろ!」
「いい加減にしなさいよ!」
タナトスは魂殺鎌でアンベルの後頭部を、クロスは神魔甲でアズラインの後頭部を思いっきり殴りつけた。
「うきゅっ!?」
「うりゅっ!?」
アンベルは墜落し、アズラインは床に叩きつけられる。
「また人口密度が増えましたね……それはともかく、仕事です、タナトス様」
騒動が収まるのを待ち構えていたかのような、絶妙のタイミングでエラン・フェル・オーベルは姿を現した。



「馬鹿ばっか……なの」
どこを見ても、怖いくらい綺麗な白。
音の無い、怖いぐらい静かで、寒くて、冷たい誰もいない世界。
そんな白で埋め尽くされた世界を幼い少女が一人歩いていた。
唯一の音は少女が雪を踏む微かな音だけ。
少女が歩いた、存在していた証である足跡さえ、すぐに雪に埋もれて消えていく。
「……雪は嫌いじゃない……とても綺麗……でも、そろそろ飽きてきたの……」
少女はさしていた綺麗な漆黒の日傘をクルクルと回した。
深い意味はない。
要は果ての見えない雪原を黙々と歩くのに飽きてきたのだ。
日傘に弾かれた雪が、舞い散るように幻想的に消えていく。
「赤く染まるよりは、白く染まる方がいい……だって、綺麗だから……」
少女は雪原を可憐に舞い踊り始めた。
やはり、これにも意味はない。
暇潰し、踊りたい気分になったから踊る……ただそれだけだ。
「白は好き……黒の次に……赤は大嫌い……汚い……血の色だから……」
少女の呟きは雪の静寂の中に消えていく。
誰もいない純白の雪原を踊る少女の長いウェーブがかった癖毛と大きな瞳は見事なまでの深紅……血の色だった。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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